2013年11月04日
八郎岳
10月26日友人と長崎市の八郎岳へ登ってきました。心配された台風27号も上陸することもなく、
天気に恵まれ快適な登山を楽しめました。
午前7時30分佐世保バスセンターから高速バスに乗り、9時長崎駅前着。ここで友人と合流し、
さらにバスで30分ほど南下して平山で下車します。
バス停から歩いてほどなく、八郎岳登山口です。
八郎岳登山口にてホッキョクグマのMさん、今回八郎岳登山初挑戦です。
木立の中が気持ちいい。ちょっと一休み。
着きました八郎岳山頂です。いい天気だ。
山頂風景。展望は360度です。右上に女神大橋が見えます。
三菱重工香焼造船所
天草方面。この先の千々峠からは天草諸島の島影が見えました。
山頂からの景色を十分に楽しみ、熊ヶ峰方面へ少し下ると、小八郎岳への分岐点があります。
ここを右折して小八郎岳へ到着です。
これから、千々峠と向かいます。寺岳への標識を進みます。
千々峠は広々とした草原です。ここで昼食を摂りました。
千々峠から西へ下って八郎岳登山口へ戻ってもよかったのですが、Mさんの希望でもう少し歩くことにしました。
佐敷岳頂上です。ここからも三菱重工香焼造船所のドックや八郎岳を眺めることができます。
急坂を下って松尾岳到着です。千々峠からは、佐敷岳へ着く少し前に松尾岳への分岐点があります。
佐敷岳山頂には分岐点はありませんので注意が必要です。
この後長崎駅前に戻り、送迎バスで「稲佐山温泉ふくの湯」に行きました。
ここは露天風呂から眼下に長崎の夜景を楽しむことができる地元でも人気のスポットです。
ぜひ一度、入浴してみてください。
おまけ
当日はMさんと長崎の繁華街である銅座で飲んでホテルに宿泊しました。
次の日の朝ホテルを出たところ、ちょうど九州一周駅伝のランナーが平和公園から走ってきたところでした。
せっかくなので長崎でプチ観光をしてから佐世保に戻ることにしました。
大浦天主堂です。
長崎新地中華街です。
平和公園の平和記念像。
天気に恵まれ快適な登山を楽しめました。
午前7時30分佐世保バスセンターから高速バスに乗り、9時長崎駅前着。ここで友人と合流し、
さらにバスで30分ほど南下して平山で下車します。
バス停から歩いてほどなく、八郎岳登山口です。
八郎岳登山口にてホッキョクグマのMさん、今回八郎岳登山初挑戦です。
木立の中が気持ちいい。ちょっと一休み。
着きました八郎岳山頂です。いい天気だ。
山頂風景。展望は360度です。右上に女神大橋が見えます。
三菱重工香焼造船所
天草方面。この先の千々峠からは天草諸島の島影が見えました。
山頂からの景色を十分に楽しみ、熊ヶ峰方面へ少し下ると、小八郎岳への分岐点があります。
ここを右折して小八郎岳へ到着です。
これから、千々峠と向かいます。寺岳への標識を進みます。
千々峠は広々とした草原です。ここで昼食を摂りました。
千々峠から西へ下って八郎岳登山口へ戻ってもよかったのですが、Mさんの希望でもう少し歩くことにしました。
佐敷岳頂上です。ここからも三菱重工香焼造船所のドックや八郎岳を眺めることができます。
急坂を下って松尾岳到着です。千々峠からは、佐敷岳へ着く少し前に松尾岳への分岐点があります。
佐敷岳山頂には分岐点はありませんので注意が必要です。
この後長崎駅前に戻り、送迎バスで「稲佐山温泉ふくの湯」に行きました。
ここは露天風呂から眼下に長崎の夜景を楽しむことができる地元でも人気のスポットです。
ぜひ一度、入浴してみてください。
おまけ
当日はMさんと長崎の繁華街である銅座で飲んでホテルに宿泊しました。
次の日の朝ホテルを出たところ、ちょうど九州一周駅伝のランナーが平和公園から走ってきたところでした。
せっかくなので長崎でプチ観光をしてから佐世保に戻ることにしました。
大浦天主堂です。
長崎新地中華街です。
平和公園の平和記念像。
八郎岳は九州百名山にもかかわらず、登山口に駐車場もトイレもありません。
これは、観光都市長崎においては冷遇されているということなのでしょうか。
このため、仕方なくバスを利用しました。
また、登る人もあまり多くありません。登ってこられた方もあまり愛想良いとは言えず、例外的に親しげに話して
こられた方はどうも地元の方ではないようでした。
平山~八郎岳ルート以外はあまり登る人もいないようで、道もあまりよくありません。
太平洋戦争において長崎で秘密裏に戦艦武蔵を建造するため、造船所が見える山に登ることが禁止された
時期があります。それを知らずに登ってしまった人は厳罰を受けたそうです。
そのことがトラウマになっているのでしょうか。
長崎の登山者の方があまり良い状況に置かれていないのでは、と少し心配になってしまいます。
これは、観光都市長崎においては冷遇されているということなのでしょうか。
このため、仕方なくバスを利用しました。
また、登る人もあまり多くありません。登ってこられた方もあまり愛想良いとは言えず、例外的に親しげに話して
こられた方はどうも地元の方ではないようでした。
平山~八郎岳ルート以外はあまり登る人もいないようで、道もあまりよくありません。
太平洋戦争において長崎で秘密裏に戦艦武蔵を建造するため、造船所が見える山に登ることが禁止された
時期があります。それを知らずに登ってしまった人は厳罰を受けたそうです。
そのことがトラウマになっているのでしょうか。
長崎の登山者の方があまり良い状況に置かれていないのでは、と少し心配になってしまいます。
Posted by 哲人28号 at 13:39│Comments(0)
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